アルフレッド・アドラーに学ぶ「劣等感」との上手な付き合い方

adler

あなたは「劣等感」を持ったことがありますか?

「俺は天才だから、一度も劣ってるなんて思ったことないぜ!」
なんていう人は少ないですよね。
おそらく、人生で一度は劣等感を感じてしまった人は多いのではないでしょうか。

今回は、個人心理学で有名なアルフレッド・アドラー先生から
「劣等感」に対する上手な付き合い方を考えてみます。

アドラー先生はこんなこと言ってます

あなたが劣っているから劣等感があるのではない。どんなに優秀に見える人にも劣等感は存在する。目標がある限り、劣等感があるのは当然なのだ。

自分が初めて劣等感を意識したのは、高校生に入った時でしたね。
僕は進学校に進んだのですが、僕よりも勉強ができ、機転といいますか、
考えの広いやつがほとんどでした。

いままで、どれだけ井の中のカワズだったんだと。

ただ、高校生のころは、自分にコンプレックスがあるということを、
口に出すことは大変恥ずかしいことだと考えていました。
素直に認めることができなかった自分がいたのも確かです。

でも、実際には劣等感というのは視点が違えば誰にだってあるものなのですね。
少なくても、劣等感がある自分なんてと考えることは、ばかばかしいことなんです。

劣等感を子供に持たせないようにするのは温室育ちにさせるようなもの

僕が前の学習塾にいた頃の話ですが、有名校に合格させるため、
かなり厳しくやっていました。

毎週のテスト。順位表・点数が張り出され比較される。
卒塾生の中には、入学したが勉強についていけず中退した子も少なくありませんでした。

このような環境をみなさんはどう思うでしょうか?

塾としての仕事を始めたときは、僕はこのような制度には反対でしたね。
そんなに無理しなくていいんじゃないかと思う毎日でした。
成績が悪かった時の子の落ち込みは見ていて胸が詰まる思いだったからです。

しかし、自分が学習塾を経営し始めてから、
それがなくては人は成長できないということに気づいたのですね。

劣等感を抱くこと自体は不健全ではない。劣等感をどう扱うかが問われているのだ。

アドラー心理学の考えではまさにこの通りです。
劣等感を持ったときの自分の行動が人を成長させるチャンスなのだと。

劣等感を言い訳にして人生から逃げ出す弱虫は多い。しかし、劣等感をバネに偉業を成し遂げた者も数知れない。

逃げ出して、中退するかもしれません。
それもひとつの「結果」であり、いくらでもやり直しできるんです。

ただ、劣等感を他人に押し付けるのはやめましょう

劣等感というものは厄介なもので、
自分が劣等感を持っていることに気づかない場合も多いのです。

この仕事をやっていますと、そういった親御さんを見かけることもたびたびあります。
親は自分ができなかったことを、子どもに押し付けてしまうのですね。

たとえば、ピアノがうまくできない、子どもはもう辞めたいという、
でも、「最後まで続けなさい、お母さんはあなたのために言ってるのよ!」と言われる。
こんな言葉を聞いたことはないでしょうか?

これは、両親の自己実現したいという願望を子どもに投影しているだけに過ぎません。
特に小さい頃は子どもは親のことを”絶対的な存在”と考えます。

じゃあ、どうなったら「最後」なんですか?
「最後」を子どもが決められないんですか?
と心の中でつっこまざるを得なくなるわけでして。

まとめ

・劣等感は誰にでも持つことだ
・劣等感を持つことはなんら恥ずかしいことではない
・むしろ劣等感を持つことで、悔しさへのバネに繋げるべきだ
・劣等感を持たせないように育てることは不可能
・自分の劣等感を他人に投影させることはよくない

いかがでしたか?
「劣等感」という言葉はマイナスのイメージを持ってしまいますよね。
だから、「あの人はこういうところがすごいよね、私も頑張ろう」となるように
素直に自分の状態を認めるところから始めてみるべきです。

「やりたくないけど嫌々やっている」「毎日つまらない」
こんな言葉を繰り返している人は、誰かに生き方を強制されていませんか?

ABOUTこの記事をかいた人

ふじわら先生

1980年6月26日生まれ。A型。 仙台市の学習塾「藤原進学塾」を運営しております。ボードゲーム「漁村においでよ!」「俺の街」「ぶたぶたこぶた」作者です。独自の楽しくアタマが良くなる知育パズル本も好評発売中。 自由でストレスのない生活を送るために、人生を楽しむための企画づくりを毎日のテーマとしております!